カオス理論についての一考察。宇宙時代の新しいカオスの使い方。ドラゴン的なカオスについて

20171001 3:48-5:01 カオス理論についての一考察。宇宙時代の新しいカオスの使い方。ドラゴン的なカオスについて

#夢日記 カオス理論。何も残らない、常に形状を変える変化の連鎖の話。

まるでらくがき帳に好きなキャラクターを似せてかきまくるみたいに、
どんんどん発想の赴くままに変化させていく。
その都度、カッコいいセリフや言葉を言わせる、原作に忠実な文章ほどなおよい、変化を付け加えてもよい、
しかし、好きな箇所で止めることはできず、ただ変化を繰り返すしかない。
特徴を失い、ただの終わりのない、ラクガキの世界。
それがカオス理論。

…。

#夢分析
実際に夢でよく見たことはある。私にとっては砂漠の砂や。ウ〇コ製造機。

今回見た夢は、
オリジナルの絵をかけない人(兄弟)が、他の人のカッコいい絵にひかれてそれがプリントされたノートブックをたくさん買ってきて、
それを乱雑に机の上に置き、その中からきれいなものだけをスケッチブックに映してため込んで、その変化をみて「私のかいた作品だ」とする、横暴極まりない混沌のエントロピー増大の法則。
私は、完成したスケッチブックはともかく、もとあった机や、使わないノートが乱雑したその状態を「汚い」とし、何とかしろと言い叩ったが、全くやめる気配はない、むしろ「いい作品を集められて感謝しろ」とばかりいう。
こういうのがカオスなのだろうか…。


#以下、対話

レヴァリア「違うわ。ある程度は的を得ているけれど、違うのは、コスモスの存在よ。どうしてコスモスがいるか、わかる? みんな、コスモスに甘えているのよ、カオスな存在は。」

もうちょっとだけ、自分で整理してみてもいい?

レヴァリア「ええ。」

カオス理論は、思い付きモーフィングや、パクリのオリジナルマンガ家とよく似ている気がする。
例えば、今回のスケッチブックでも、孫悟飯がたくさん出てきたり、若本の声のいろんなキャラが出てきた離、とにかく版権キャラが多かった。
一瞬では、「これはいい作品かも」と思えるところがあった。
だけど、それがどれだけいいものでも、そこで発想を止めることはできなかった。すぐ別の、ぬるっとしたものに覆われ、別の姿に変わってしまう。一コマ一コマ、別のキャラクターに変わらないと、カオスは存在し続けられないので。

カオス理論だなんて、ばかげてる、と思った。これは、ただたんの自分の頭の中を整理、発想を吐き出しているだけじゃないのか、とさえ思った。
自分の頭の中を夢にして見せているのと、何ら変わらないじゃないか、と。

コスモス「それは違います、メルサイア。カオス理論は、私たちに必要な、融合理論の一つです。新しい創造には、必要不可欠な理なんです。あまりカオスを責めないであげて。そうしたら、メルサイア。私とあなたの力で理解すれば、もっといいカオス理論を生み出すことができると思いますよ。」

私がカオスが嫌いなのは、パクリだけじゃない。あのねちねちした泥っとして気持ち悪い、エネルギーのことだ。存在自体に個性を持たず、ぐちゃぐちゃになるまで変化を続ける、イリュージョンのような黒い物体。あれが苦手だ。

コスモス「あれは…異次元の物体…もしくは暗黒物質ダークマターです。もしくは、あたまのなかのらくがきイメージ。それぞれのイメージは、目に観たものそのまんまですから、何も悪いものではありません。ただ、それが絶えず変化してしまうから、カオスは一つの姿を保ち続けることが出来なくなってしまうのです。そういう性質のものだし、それが、常に新しい発想を生み出せる、よいツールとなれるゆえんでもあります。」

レ「メルサイア。あなたが暗黒物質を嫌うのも、わかるわ。私だって、そんなに好きじゃない。コスモスほどはね。でもね、メルサイア。カオス理論に映し出された姿そのものは、その人自身の欲望を映し出すのよ。だから、その暗黒物質の移り変わりを見るだけで、あなたが今まで何を見てきて、何が好きで、何に興味を示したのか、わかってくるの。これほど便利なツールはないじゃない? 自分の心の掃除にも使えるし、新しい創造の糧としても映るんだから。」

…でも。他人の創造物をマネて、いったい何の魂を生み出せるというんだ? イディオス…主れーど…ねくりっどみたいに、少しだけでも変更を加えていて、代えてあればいいよ。でもそうじゃないのなら、そこに魂は宿ってなくない? 自分の分身じゃない、そんなの。しかも暗黒物質だから、魂も見えないし、心も感じられない。

レ「それは違う。メルサイア、私はあなたに、カオスの使い方を、少しでもいいから好意的に捉えて、実際に使ってみてほしいのよ。でないと、あなたの発想の語源が、どこにあるのか、自分自身でもわからない、自覚できないと思うの。あなただって、他のいろんな技やスキル、キャラクターや表情をまねてきたでしょう? それを吸収して、自分のものにしてきたからこそ、今のあなたがある。だけれど、あなたは心を理解する余裕があるときしか、それをしようとしなかったし、アレンジを加えた。だから、元のスキルを開発した人は、度肝を抜かれたと思うわ。「どうして私が苦労して生み出したものを、平気でアレンジしてくるんだ」と。その状態じゃあ、カオス理論は生まれない。ただのアレンジメント、編集、エディット、もしくはクリエーション、組み合わせと調整よ。」

アレンジと、カオスとは、何が違うんだ?

レ「それが、暗黒物質に頼るか頼らないか、複雑系に頼るか頼らないかの違いよ。もしくは、理屈や手段にとらわれず、ただ欲望の赴くがままに模倣する、ということかしら。カオスがパクリと言われてしまいやすいのは、アレンジをしないからでしょう? 心に感じた「カッコイイもの」そのものを、そこにそのまま映し出すから。そして、そのカッコいいものが、また別のカッコいいものに変化していくのを、その人は自分の心に従って、まじかで見ることになるの。それはもう、むなしいような、うれしいような、暗黒物質の走馬灯をみているような、そんな気分ね。誰にでもできるものでもないのよ。わかって。」

じゃあ、私はどうしたら、カオスをもっと好意的に使えると思う?

レ「あなたが今、やろうとしている、見るや参考にするを明言せずに、人様の作品をみながら参考にしてかく技法は、よりカオスに近いものだと、私は思っているわ。だけどね。それぞれの個性をみながら、服装やパーツをかいていくのであれば、それはもうそこで、アレンジメントなの。あなたの頭の中で、「カッコイイものを詰め合わせたら、かっこよくなるはずだ」みたいな、欲望の渦の声が駄々洩れになる絵をかかなければ、カオスとは呼べないのよ。わかる? メルサイア。カオスは、弱いのよ。心が。暗黒物質は、心が暗黒…黒に染まっているときにみられるものなんだから。」

誰かの力を借りているということじゃないのか?

レ「違うわ。自分の魂の記憶の中で、自分がカッコいいと思ってきた闇の部分を、表出させようとしているだけ。あなたのイメージする、あんこくらいじんけんや、暗黒騎士ガイアが、なぜあんなにも明るいの? ただ単に、あれが過去のあなたが「カッコイイ」と思った姿に過ぎないからでしょう? 元々の来人権やガイアとは、似ても似つかないでしょう。そういうことなのよ、暗黒物質って。過去の産物の、カッコいい姿。それを変幻自在にしたものが、カオス。あなたの頭の中にしか、実際は無い物なの。本当は、そのイメージの持ち主そのものではない。あなたの中のイメージ。」

なるほど。ダークマターを、ずっとゆがみを作り出すように改造した物質が、カオスの玉だとしたらいいのか。カオスオーブとか。その力を使って、自分の過去の記憶を掘り出したものが、カオスのイメージ。

レ「ううん。カオスはね。本来は、物質じゃないの。ただの減少、現象よ。混沌の渦や、霧の中に包まれた、空気みたいなもの。エネルギーと呼べるかも疑わしいわ。ただ、確かに人々の欲望に反射して、世界にゆがみを与えるからか。人々はそれを「恩恵」とみなすようになった。カオスの姿かたちは、常に移り変わるから、神々の恩恵か何かだと、勘違いでもしたんでしょう。そういうものよ、カオスというのは。」

コスモス「カオス理論というのは、そのカオスの事象について、もっと理論的に人間が作り出した、疑似的なものですが。ですが、私たちにとっては、希望に光に映っているのですよ。カオスは人間にとって捉えようもない暗黒の闇ですが、それを人間が理論化し、ツールとして使おうとしているのですから。もちろん、私たちはカオスの理については熟知していますし、飲み込まれるときも、そうでないときも、きちんとその影響範囲を把握して、収束に向かうようにきちんと配慮はしているのですけれどね。人間にとってはなかなかの天敵です。名誉や欲望に飲まれると、なおさら、ですよね。」

そうだとしても。どうやってカオスを使う? 私はそんな名誉も欲望もいらないし、ただカオスの新しい使い方を模索しているだけだぞ?

コスモス「あなたが経験したカオスは、いや〜なムードの中での話でしょう? 宇宙的にも、カオスが広がっていた時の記憶の話。だから、今からなら、もっと心を整理したうえで、カオスが使えるはずです。その状態なら、あなただけでなく、皆さんが思い思いのカオスを発揮して、楽しい創作活動に生かすこともできると思います。そうすれば、心もきれいになるし、あなたが思い描いていたイメージの感情消化も、新しい創造の種も、同時に叶えることができるでしょう?」

いや、まぁ、そうかもしれないけど。
だからといって、カオスを野放しにしておくわけには・・・ 

レ「だから。そのカオスが、野放しにしていても、自然に収束する時代にやっとなったのよ、地球自体が。欲望が収束したり、名誉自体が縮小したりするわけではないわ。だけどね。もう欲望を際限なく追い求めても、手に入れられるものは少ないし、名誉が無制限によってくることもないわ。それは全部ね、カオスの幻想だったのよ。カオスに飲まれて、心を病んでしまった人たちが、しきりに求めたがるのを見て、それに観念しきった私たちが、徐々にそれをかなえてあげる幻想の…成れの果てよ。」

なるほどね。そういう言われ方をしたら、分かったよ。カオスとは、幻想なのか。自分が追い求めても求められなかった、過去の出来事の走馬灯のような、繰り返し。

レ「確かに、使い方を誤ればそうかもしれない。でもね。心に読竜(ドラゴン)がある状態で、旨くカオスを使えれば、つまり意図的にカオスになっている自分を想像して、楽しく振舞えば、元気なカオスもできるのよ。例えば若本規夫さんなんかがそうでしょう? わざと理を捻じ曲げて、もしくは破壊して、面白おかしくイントネーションを変えるだけで、あんなにも面白く振舞える。過去の産物がどれか、あなた達には見当もつかないでしょう? 関西弁のイントネーションや、方言のイントネーションを、彼なりにアレンジしたものだと捉えてもいいけれど…そうではなくって、カオスのような、「カッコイイ自分」をイメージしたときに生まれる、堂々とした雰囲気のイントネーションを、彼なりつなげていっただけかもしれないわ。そうしたら、何度聞いてもおかしくって笑いがこぼれる、面白いイントネーションが出来た。この過程で、カオスが欲望を生み出したのは、「カッコイイ自分になりたい」という部分だけでしょう? どこにも淋しさは存在しないし、むしろ名誉なんて頭からとうに捨ててるわ。なかなかに面白い使い方でしょう? だから愛されるのよ、あのボイスは。」

なるほど。そう説明されれば、カオスのより良い使い型、愛のあるカオスの使い方が、わかってきそうだ。
なるほど、心をドラゴンにして、カオスをすると。
カオスバハムートはダメだったけど、カオスドラゴンなら、あるいは行けるかもね。ブラックドラゴンでも。

レ「カオスドラゴンじゃなくって、ドラゴンカオスね。混沌を竜にするとそのエネルギーは暗黒物質みたいに歪むけれど、ドラゴンを魂にしてカオス的にふるまえば、その破壊衝動的な心はあたらしい創造の力となる。ドラゴンが創造の力だってことは、あなたもよく知っているでしょう? 破壊の力を、想像の力に変えるの。どう? 簡単でしょう?」

そう考えると。なるほど。いいかもね。おし。どこかで一度、やってみるよ。
っといっても、らくがきやスケッチブックの絵日記で、無意識にやってるのかもしれないけどね。

コスモス「これからはカオスも愛される使い方がどんどん開発される時代です。どんどんカオスになって、皆さんで新しい創造の糧を生み出していってくださいね。がんばりましょう。」

いや、がんばらんけど。